JBpress7/2 8:05 緊急事態宣言は沖縄を除き解除されたものの、首都圏では新規感染者のリバウンドが懸念される状況となっている。

オリパラも人数制限をどの程度にするか、感染状況をにらみながら、ぎりぎりまで揉めそうだ。

友人と楽しい食事も我慢を強いられ、なじみの店での一杯引っかけるのもままならない。

コロナ疲れというか、ストレスが溜まり、多くの国民の気持ちがすさんできたように見える。

そのやり場のない不満や怒りを、何かにぶつけて解消しようとする。

自殺者まで生んだSNSの炎上、心ない言葉での非難は、こうした不満の発現だろう。

極論すれば誰でもいいから、敵を作って攻撃しやっつけて、蓄積した不満を解消しようという行為だ。

最初に誰かが、「○○は敵だ」「ケシカランことを言っている」「過去にも悪事を働いた悪い奴だ」と指さすと、皆一斉に同調する。

そして、匿名で非難し、つるし上げる。

それに対する反論も許さず、ネットやコミュニティから消え去るまで、いじめ抜き、抹殺を図る。

そうした攻撃に耐えきれなくなり、自ら命を絶った気の毒な人が出るのも不思議ではない。

こうした事件が報道されると、今度はSNSで攻撃をした者が社会の敵としてレッテルを貼られ、攻撃の対象となることもある。

もともとが匿名での告発なので、その行為の正当性や攻撃の根拠などどうでもよい。

ストレスの溜まった多くの人にとっては、社会の敵を非難することで、不満が解消され、一時的にも溜飲が下がれば、それでよいのだ。

こういう心理パターンは、歴史上何度も見られた。

ヨーロッパの中世における、あるいは過酷な環境にあったアメリカ大陸のニューイングランドの植民地等でみられた「魔女狩り」もその一つだ。

すべてのこの世の不幸の責任を何の罪もない者のせいにし、その者に「魔女」の烙印を押して、凄惨な方法で処刑する。

それによって、人々の不安や不満を解消しようとしたのだ。

米国マサチューセッツ州セーラムの魔女博物館を訪れた時、かつて行われていた魔女狩りの残虐さを知り、愕然としたことがある。

■大衆心理を操作したトランプ前米大統領 このような心理状態に置かれた人々は、他方で、恐怖心から逃れるために信仰にすがる。

敬虔な信仰心が、他方で、魔女狩りと結びつく。

それは、わが国でもオウム真理教の事件でも経験したことだ。

トランプ前米大統領の言葉遣いにも、類似した要素がある。

国民のうち、海外からの移民に職を奪われ、彼らに反感を持っている白人層、特に低所得の白人層の不満を煽って、外国からの移民を非難、攻撃した。

SNSを使ってそれを拡散した点が新しいとはいえ、不満をもった国民の心理を操作して権力を拡大しようとした点は、古い手法そのものである。

言うまでもなく、20世紀に入って、このような心理操作によって国民を動員しようとしたのがヒトラーである。

ヒトラーに言わせれば、貧しい労働者が仕事を終えて帰る夕方、特にどんよりとした空模様で今にも雨が降り出しそうな時、つまり多くの人々が疲れて冷静に、ロジカルにものごとを考えて理解する能力を欠いた状態にある時、国民の不幸の原因がどこにあるのか、誰のせいなのかをわかりやすく説き、その者たちを打倒することを呼び掛けることが、心理操作において非常に効果的だという。

大衆心理を操作するために訴えかける内容は、もちろん論理的なものではなく、反証に耐えうるものでもない。

わかりやすくいえば「××主義者」のレッテルを貼って、対象を具体化し、それを攻撃するにすぎないからだ。

○○主義の何が悪いのか、なぜその人物がそのレッテルを貼られるのかについてはもともと説明する気もないし、説明することもできない。

何でもない一言が悪の証拠として指摘され、それを口にした人物は、その者の思想や主義に関係なく、○○主義者だ、○○人だといって差別され、攻撃される。

そして、この世から消えろという大合唱にさらされる。

■ファシズムの根底にある「レッテル貼り」 そのような無茶な論理の主張に対して、論理的な反論は容易だ。

しかし、反証も反論も無視して、しつこく何度も何度も単純な理屈で、「この世の諸悪の根源は○○にある」「お前は○○主義者だ」と説かれると、最初はそんなことはないだろうと思っていた人たちの中にも、本気で信じ込む者も出てくる。

そうではないと思っていても、反論して否定する気持ちは失せてくる。

反論などすれば、場合によっては、その人も同類としてレッテルを貼られることになりかねない。

こうしたヘイトスピーチを含むレッテル貼りの拡大、発想の連鎖が、まさにファシズムの根底にあると言える(以下リンク先で)。