文春オンライン7.1 その化学物質の名前を知ったのは3年ほど前、沖縄での取材の帰り際のことだった。

「そういえば、ピーフォスって知ってます?」  大学講師のかたわら、基地に由来する環境汚染の監視をつづける地元NPO代表の河村雅美から、ふいに問いかけられた。

 聞き返すと、アルファベット4文字でPFOSと書くという。

 河村によると、人工的に作られた化学物質で、水も油もはじくため、さまざまな用途に使われてきた。

フライパンや炊飯器、レインコートや防水スプレー、キャンプ用品といった生活雑貨をはじめ、自動車部品や半導体の製造工程など多岐にわたる。

このため「どこにでもある化学物質(Everywhere Chemical)」と呼ばれているという。

 また、分解されにくく蓄積されやすいことから、環境中に出ると土の中にとどまり、地下水を汚染しつづける。

飲み水などから体内に取り込めば、半減するまでに数年かかる。

このため、「永遠の化学物質(Forever Chemical)」とも呼ばれているという。

「PFOSが嘉手納基地近くを流れる川から高濃度で検出されている」  くっついて離れず、壊れにくい。

だから、いつまでも消えない――。

 それが、便利でやっかいな、この化学物質の特徴なのだと知った。

名前を「有機フッ素化合物」という。

その代表的な2種類がPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)とPFOA(ペルフルオロオクタン酸)だった。

 河村は言った。

「そのPFOSが嘉手納基地近くを流れる川から高濃度で検出されている。犯人は、泡消火剤なんです」  航空機事故などの大規模火災時に使われる泡消火剤にはPFOSやPFOAが含まれ、定期的な消火訓練などで使われてきた。

それが土壌に染み込み、飲み水の水源となる川を汚しているという。

 さらに、米軍が出したという報告書を見せてくれた。

 アメリカでは、米国防総省が2018年に、PFOSとPFOAの排出が疑われる米軍関係施設が401カ所に上るとの報告書を公表し、省内に「PFOS」に対処するタスクフォースも設けている。

実態調査を進め、汚染が起きた川や地下水の原状回復やそのための費用も負担するという。

だが、なぜか日本国内にある基地への言及はない。

 有機フッ素化合物による健康への影響については、こう記されていた。

〈限られた人を対象にした調査では、PFOS・PFOAは胎児やこどもの低成長、出生率の低下、コレステロールの上昇、免疫システムへの影響、尿酸値の上昇、肝臓酵素への影響、前立腺、腎臓および睾丸のがんとの関連があるかもしれない〉  かつて米環境保護庁(EPA)に勤務し、現在、国立環境研究所の曝露(ばくろ)動態研究室長をつとめる中山祥嗣は、こどもの成長への影響やがんを引き起こす疑いを指摘する複数の研究があるとしたうえで、こう語る。

「WHO(世界保健機関)は評価を確定させておらず、有機フッ素化合物による健康への影響について、現時点で世界的な評価は定まっていません」  だが、アメリカでは1000万人以上が汚染された水を飲んだと報じられ、社会的な問題になっている。

ヨーロッパでも、PFOSやPFOAだけでなく、総称してPFASと呼ばれる有機フッ素化合物をどれも使わないとする潮流が生まれている、という。

PFOS汚染は東京でも起きていた  中学・高校時代を通して、私は化学の試験でまともな点を取った記憶がない。

元素記号の暗記さえおぼつかず、化学式は「H2O」がせいぜい。

それより長いと頭に入らなかった。

 そんな私が、アルファベットの並んだ未知の物質を追いかけてみようと思ったのは、河村が別れ際に口にした言葉が頭から離れなかったからだ。

「PFOSが21世紀の枯れ葉剤にならないといいけど……」  2019年春、私は本格的な取材に取りかかった。

 焦点を定めたのは、オリンピック開催地でもある東京にある横田基地だ。

アメリカ本土や沖縄の米軍基地がすでに汚染源となっているのであれば、同じことが起きていても不思議ではない。

 調べてみると、東京・多摩地区では、飲み水の水源に地下水が使われていた。

しかも、2000年代はじめに多摩川から高い濃度のPFOSが検出され、多摩地区が発生源の可能性が高いとする研究報告が出ていた。

 都民の飲み水をあずかる東京都水道局が実態を把握していないはずはない。

 そう考え、東京の多摩地区で2000年以降、取水停止になった井戸についての情報を公開するよう東京都に求めたところ、驚くような情報が明かされた。

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