東京五輪は「観客上限1万人」で開催──それがさも当然であるかのように話が進んでいるが、 多くの国民は「おい、中止するかどうかの議論はどうなったんだ」と憤っているのではないか。

(以下略) ■国民感情は見て見ぬフリ  6月21日の5者協議では、専門家の提言に“次善の策”として盛り込まれた 「無観客」「政府のコロナ基準より厳しい人数制限」「観客の都道府県をまたぐ移動の原則禁止」という3条件はことごとく無視され、「上限1万人の有観客開催」が決まった。

 菅首相は「緊急事態宣言が必要になれば、無観客も辞さない」(6月21日の会見)と述べたが、緊急事態宣言を発出するのは当の菅首相である。

つまり“私が宣言しないかぎり有観客で開催”“無観客など例外中の例外”という意味なのだ。

組織委関係者が語る。

「有観客は当然としたうえで“できるだけ入れたい”というのが菅首相やIOCの考え。 政府のイベント基準の上限1万人に、大会関係者や小中学生の観客を別枠にするというあの手この手で観客数を上乗せし、 開会式は大会関係者やスポンサー枠を含めて約2万人まで入れる方向で調整している。専門家の提言に反する話だ」  コラムニストの小田嶋隆氏は「尾身氏は政府の論点ずらしに一役買った」とみる。

「本来なら議論は優先度の高い論点から判断を決めていくものです。今回は東京五輪を開催するか否かを最初に決めるべきでした。  ところが、尾身氏は『普通はない』と言いながら、同時に『やるなら開催の規模をできるだけ小さくして』とも付け加えた。 それが失言だったのか確信犯だったのかは分かりませんが、いずれにしても『開催するのであれば』という前提で仮定の議論が進み、みるみる論点がずらされていった」  確信犯的に論点ずらしに加担したのが東京五輪の公式スポンサーでもある大新聞だ。

 中でも狡猾だったのが社説で「中止論」を掲げていた朝日新聞だろう。

6割超が中止・延期を求めた前述の世論調査を報じる記事の見出しは、なぜか〈五輪『無観客で』53%〉だった。

この数字は開催を前提として観客数をどうすべきかの調査結果である。

「中止」を求めた6割の世論を“なかったこと”にしたのだから、政府や組織委とやっていることに変わりはない。

 もともと五輪開催に積極的だった読売新聞も中止48%、無観客26%の世論調査に〈東京五輪『開催』50%、『中止』48%〉の見出しをつけた。

賛成の国民のほうが多いと言いたいのだろうが、政府が進めている有観客での開催には24%の支持しかないことは強調しない。

「政府は観客1万人なら安心安全というエビデンスを何も示していないし、感染者が何人に増えれば無観客にするかの基準も示していない。 それなのに新聞・テレビは“もう開催は決まったのだから”と言わんばかりに野球やサッカーなどの五輪代表が内定したと大きく報じて開催を煽っている。 政府やIOCと一緒になって国民に説明しないまま五輪開催で強行突破しようとしている」(小田嶋氏)  開催に懸念を示す声を封殺して走り出した東京五輪。

「開催を決めた責任」を誰が取るのかは、ハッキリさせておかなければならない。

※週刊ポスト2021年7月9日号