現代ビジネス6/22 本シリーズの第1回「映画やドラマを観て『わかんなかった』という感想が増えた理由」で、説明セリフが少ない作品を「不親切」だと怒る観客を、「幼稚になってきている」と評したアニメプロデュース会社・ジェンコの代表取締役社長、真木太郎プロデューサーは、作品に快適だけを求める傾向もまた「観客の幼稚化のひとつでは」と漏らす。

「アニメ界隈というか、ある種のマニア気質のある人たちのあいだには、昔からそういう要素があったけど、それが広がってきてるよね。あとは、仮にそう思っていたとしても、声に出していいかどうかという節度がなくなってる。幼稚化だよ。我慢強さが不足してる。これはもう、全世界的な傾向なんじゃないの」(真木氏) それは、世界的な傾向として「スポーツを観戦する若者が減っている」という事実からも明らかだという。

「ストレス解消が目的なので、応援しているチームが勝つ場面しか見たくないんです。でも、スポーツは応援したからといって必ず勝つわけではありませんよね。言ってみれば、“リターンの博打度が高い”。だから、勝った試合のダイジェスト映像だけを見る。もしくは、特定のチームを応援せず、ファインプレーや点が入った“かっこよくて気持ちいい”シーンだけを見る。 こうなると、スポーツファンではなく、“スポーツユーザー”ですね。ですから、日本のサッカー観戦ファンは高齢化の傾向が心配されていますし、スポーツコンテンツ王国のアメリカですら、ファンの高齢化に悩んでいるのが実情です」(森永氏) まさに、「快適」だけを求める志向だ。

いくら脚本の質が高くても、重苦しいテーマのTVドラマは視聴率が取れないとは、よく言われる。

シリアスな社会問題を背景に描こうとも、必ずコメディ要素を差し挟むべし。

あるいは、わかりやすい“謎解き”や“勧善懲悪”のカタルシスはマスト。

脳みそを回し続けなければ理解できない複雑な伏線や、込み入った群像劇、高度な皮肉交じりのウイットはご法度。

一日中、したくもない仕事をしてストレスを溜め込んで帰ってきて、あるいはLINEグループの人間関係に疲れ果てているのに、考えさせられるドラマなんぞ観たくないのだろう。

だからこそ、TVドラマにもスポーツ番組にも、ストレス解消という機能を求めるというのは、わかる。

自分にとって快適なものだけを摂取したい。

それを突き詰めると、「自分にとって快適な視聴方法で観たい」になるのは自然なことなのかもしれない。

不快だったり退屈だったりするシーンは飛ばしたい。

見たくない。

「私の彼氏を悪く言わないで!」 評論が読まれなくなったもうひとつの理由。

それは、評論家のような“権威”から、あるいは自信満々な気鋭の書き手から、上から目線で「正しい観方(みかた)」なんて教わりたくないという反発心が、特に若年層のあいだで強いからだ。

なんだか偉そうな肩書のついている他人が、自分の愛している作品を勝手に分析したり、腑分けしてああだこうだとかき混ぜたりすることには、我慢がならない。

ましてや、良い点だけでなく悪い点まであげつらって、「ここが良くない」などと意地悪に指摘するなんて、不愉快極まりないというわけだ。

彼らは絶賛しか目に入れたくない。

だから、ファンブックしか買わない。

自分が好きなものを全肯定してくれる言説しか、読みたくない。

ここでヒントになるのが、前回記事の森永氏による指摘だ。

オタクになりたい若者たちが目指すのは“推し活動の楽しさ”である、という旨。

「推し活動であれば、自分が気に入っている作品を “けなされたくない”のは当然です。客観分析なんて必要としていない。推し活動は、推しが輝いていることが重要なので、輝きを失わせるようなことは言わないでくれますか? という話です。『私の彼氏/俺の彼女を悪く言わないで! 』と同じメンタリティですね」(森永氏) 無論、そういう観客がすべてではない。

大傑作だと思う作品に対して、まったく異なる視点から切り込まれた批評や分析に耳を傾け、「なるほど、そういう観方もあるのか」と納得する人も、もちろんいる。

あるいは、その批評は妥当ではないと感じ、議論を戦わせる人も。

しかし、そういう行為には、相応の心の余裕と、脳を回すだけの思考コストがかかる。

ストレス過多で、エンタメを鑑賞する目的が“ストレス解消”の人間が、そんなことはしないだろう。

  好きな作品を、好きな角度から、好きなように観て、ただただ愛でたい。

彼らが欲しいのは、純度の高い「快適」だけなのだ。

(一部略)