読売新聞 021/06/22 00:38  ジャズのビッグバンド「原信夫とシャープス&フラッツ」のリーダーとして活躍したサックス奏者の原信夫(はら・のぶお、本名・塚原信夫=つかはら・のぶお)さんが21日夜、肺炎のため東京都内の病院で死去した。

94歳だった。

告別式は近親者で行う。

 富山市出身。

海軍軍楽隊に入隊し、終戦後は進駐軍相手にクラブで演奏、1951年にシャープス&フラッツを結成した。

カウント・ベイシーやデューク・エリントンらの米国の一流楽団の演奏スタイルを吸収。

躍動感のある演奏が海外の音楽家からも注目され、60年代にはアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズやベイシー楽団と共演。

ナット・キング・コールらの来日公演時には、バックバンドを務めた。

 その一方で、「日本人ならではのジャズ」の確立を目指した。

67年には、米国ニューポート・ジャズ・フェスティバルに出演。

「ソーラン節」などを演奏し、高い評価を得た。

江利チエミさんや美空ひばりさんと共演し、原さんが作曲したひばりさんの「 真赤まっか な太陽」も大ヒット。

60~70年代にかけ、NHK紅白歌合戦で紅組の伴奏を務めるなど、歌謡曲の世界にも貢献した。

 バンドは2006年に結成55周年記念コンサートを成功させ、10年にグランドフィナーレ公演を行った。

1988年に紫綬褒章、98年に旭日小綬章を受けた。