東京・池袋の都道で19年に乗用車が暴走し、松永真菜さん(当時31)と長女莉子ちゃん(同3)が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)罪で在宅起訴された、旧通産省工業技術院元院長・飯塚幸三被告(90)の第8回公判が21日、東京地裁で開かれた。

被害者参加制度を使って裁判に参加し、飯塚被告に直接、質問した真菜さんの夫の松永拓也さん(34)と父の上原義教さんが公判後、会見を開いた。

上原さんは被告人質問の際、飯塚被告に「あなたは(事故から)2年、どう生きてきた、生活してきたんですか?」と質問した。

それに対し、同被告は「事故の年の暮れくらいから、ふらつきが非常に大きくなりまして、病院を変えました。難病であることも秋に分かり、毎日、リハビリしか…薬が効かないんです。運動機能を低下させないよう毎日、やっております。なかなかつらい毎日です」と答えた。

上原さんが、娘と孫を車でひいてから、自己とどう向き合ってきたかという趣旨でした質問に対し、飯塚被告の回答は筋違いなものだった。

上原さんは公判後の会見で「答えの1つ、1つに腹が立って…この人は、どうしても直らないんだな。少しは気付くかなと思ったんですけどね…私がバカでした。2年間についても聞きたくない話を…。心の傷、癒えるわけないじゃないですか?」と涙ながらに首を傾げた。

松永さんも「義父さんが、この2年間、何をしていたかと聞かれ、リハビリが苦しい毎日だったとか自分のことを言った。そんなことを聞いたわけじゃないですか? 毎日つらかったですって、よく言えたなと。遺族がつらい思いをするって考えられないんですか?」と憤った。

その上で「自分の感情に従うと決めてきた…いつもは冷静であろうと努めていますが、今日は言います。彼に刑務所に入って欲しい。汚い言葉を使わないようにやってきた。今日は心を鬼にして質問したが、あの人は2年間、変わらない…質問して分かった。あの人は変わらない…軽蔑しました」と突き放した。