近年、今までクマの出没がなかった地域での目撃が相次ぎ、人身事故も絶えません。

父親をクマに連れ去られたという男性がいます。

しかし、男性が語ったのは、クマへの憎しみではなく、共存への決意でした。

仏壇で微笑む、酒井清勝(さかい・きよかつ)さん。

お通夜が開かれたばかりですが、遺骨はありません。

山に入ったきり、行方が分からなり、1年以上が経ちました。

当時、71歳でした。

長男の隆行(たかゆき)さんです。

「葬儀もやりましたけど…心の整理がなかなかできないというか、現実を受け入れがたいというか、 もしかすると僕はまだ事実を受け入れられてないような」(長男・酒井隆行さん) 後志の古平町。

去年5月、清勝さんは、いつものようにタケノコを採りに行きました。

「どうやらヒグマの被害で、しかも体を持って行かれたようだと。猟友会の皆さんの話を聞いていると、(体を)振るわれて、 (持ち物が)あちこちに飛び散っている感じ」(長男・酒井隆行さん) 実家から、わずか500メートルの場所で、清勝さんのリュックや靴下の片方が見つかりました。

長靴には割かれたような跡がありました。

リュックには笛と鈴がつけられ、クマを引き寄せるような食べ物は持っていませんでした。

痕跡から、クマが寝ていた近くを偶然通ったとみられています。

今年も道東の厚岸町で、妻と一緒に山菜採りをしていた男性がクマに襲われ死亡しました。

男性もクマよけの鈴を持っていました。

しかし、事故が報じられるたびに相次ぐのは、個人の責任を問う声です。

「何でヒグマが沢山いるってわかっているのに、この老人は1人で出歩いたんだ?自殺志願者なの?」 「命懸けのリスクを取らんでもスーパーで買いましょうや」(ツイッターの声) しかし、専門家は、クマの出没や被害が増えた背景には人間社会の変化があると指摘します。

「人の生活の仕方とか人口が変化してきて、クマと人とのバランスが変わってきていると思う」(酪農学園大学・佐藤喜和教授) 隆行さんの実家のすぐ裏にある山。

およそ40年前、隆行さんが子どもの頃は、周囲にほかの住宅や牧場があり、釣りなどで山に入ることも多かったといいます。

人口減少が進むにつれ、山と実家との距離は、ゆっくりと近づいていました。

「よく釣りをして遊んだ場所なので、安全な場所という認識でした」(長男・酒井隆行さん) 1990年に「春グマ駆除」を廃止して以降、道はヒグマの保護に重点を置いてきました。

クマの個体数が回復する中、今月、稚内の住宅地でクマが撮影され、札幌市北区でも、記録上初めてクマが目撃されました。

今や、クマとの付き合い方は、山に入る個人だけの問題ではないのです。

「最初は憎いという単純な感情から、いろんなことを調べたときに、もしかするとそういうことを知ってたら防げた事故、 防ぎようがあった事故なのかな」(長男・酒井隆行さん) 隆行さんは、道内でクマ対策に取り組む人と協力し、オンラインでクマについて語る新たな取り組みを始めました。

「くまのわ喫茶室」です。

「まずは個人個人がヒグマに関心興味を持ってもらうこと。二度と……血と涙が流れるようなことはあってはいけないと強く思っています」(長男・酒井隆行さん) 第1回の話題は、2年前、江別で連日出没したクマについて。

78年ぶりの出没で、住民には混乱が広がっていました。

ゲストに招いたのは、江別に住む馬場樹(ばば・みき)さん。

2人の子どもを持つ母親です。

「何すればいいんだろうって、ただただひたすらパニックって感じだった」(江別市在住・馬場樹さん) 「今ほぼ毎日、家でクマの話題出ていると聞いているんですが」(知床でクマ対策に取り組む吉沢茉耶さん) 「それはもう酒井さんとの出会いが一番で、無知な人間こそが知識を得たり、無関心ゾーンを関心ゾーンに連れていくところがお手伝いしやすい」(江別市在住・馬場樹さん) 口数の少なかった父は、今も静かに家族を見守っているはず。

「とっても優しいお父さんでした。いなくなってから去年ひと冬1人で生活したけど、いやあ…どんなにかお父さんの存在が…愛おしいというか…」(清勝さんの妻・八枝子さん) 「まさかっていうことが我々家族に起きた。僕らが経験したことを情報発信しながら2度と繰り返さないために活動を活発にしていきたいと改めて思いました」(長男・酒井隆行さん) 父の命の重みを感じながら、クマとの共存への道を進みます。