僕は数年前、まだ30歳になって間もなかった頃、自分がゲイであることを母に打ち明けた。

 別に一生言う必要もないだろうと考えていたのだが、言わないことで何となく母に対して感じ続けていた心の距離を、ありのままを話すことによって縮めようと思ったのだ。

女手ひとつで僕を育ててくれた母との関係を、30代になったということもあり、修復したかったというのもある。

そして僕は、いつもと変わらないある休日の夜、意を決して話した。

「実は、男の人が好きなんだ」 「知ってたよ。母親が気付かないわけないでしょ」 母はなんでもないことのようにそう言った。

僕の性的指向を、あっけないほどに受け入れてくれていたのだ。

まぁ思い返せば、僕は昔からBLのライトノベルや漫画、そして海外ゲイ映画のDVDなどを実家の部屋に置いていた。

そりゃ母も気付くだろうよと今なら冷静に思えるのだが、カミングアウトした直後に母の口からこの言葉を聞いた時は、ようやく真正面から向き合えた気がして、不覚にも泣いてしまった。

この瞬間までは、これから改めて母とちゃんとした親子関係が構築できると信じていた。

その直後、何の脈絡もなく彼女がいきなり安倍元首相や日本政府を称賛する話を始めるまでは。

僕が勇気を振り絞って行ったカミングアウトは、母の唐突な安倍晋三語りにより、たった数分で終了した。

僕は当時、安倍元首相の政策のいくつかには疑問を感じていたものの、そこまで否定的な感情を抱いていたわけではない。

ただ、僕のカミングアウトとは何の関係もない元首相への称賛トークを母がいきなり始めたことには正直、面食らった。

なぜ母は急にそんな話を僕に向かって語り出したのか。

その理由を探る前に、まず数年前から彼女に起きはじめたある変化について記したい。

■スマホが母にもたらした影響 母は現在とうに還暦を過ぎているのだが、僕のカミングアウト時より少し前からスマホを持つようになっていた。

それが彼女にもたらした最大の変化は、本を一切読まなくなったことだ。

 代わりに見るようになったのが、スマホに入っていたYouTubeだった。

 その頃から、会話の中で韓国・中国を悪く言うことが徐々に増えはじめた母。

それは国の政策批判などではなく、キムチが好きで食べていた僕に「キムチを食べると韓国人みたいになる」と言ったり、 中国で水害が起こった際に「中国への天災は天罰」と言ったりするなど、差別的な発言ばかりだった。

 そして同時に、いかに日本が正しく素晴らしいかをとうとうと語った。

今では僕が日本政府のコロナ対策への不満を口にしようものなら、「パヨクなの?」などと言い出す始末。

(中略)  他にも、「LGBT=左翼」といったような内容の動画を家で堂々と観たり、 「LGBTには生産性がない」といった寄稿を発表して物議をかもした杉田水脈議員を擁護するような発言をしたり。

しまいには、「最近はいきすぎた主張をする人が多い」などと語ってくる母。

それらが僕を否定することになると彼女は微塵も思っていないようで、 僕の立場に全く考えが及んでいないことに驚きとショックを感じた。

■「この国に男女差別はない」と言い切った母 そんな中、もう一つ驚きを感じたのが、母が「この国に男女差別はない」と言い切ったことだ。

シングルマザーとして苦労してきた母は、これまで女性だからという理由で虐げられてきた数々の体験談を、僕によく話してくれた。

(中略) そうした話をこれまでさんざんしてきた彼女が、男女差別がないと言ったのはどうしてなのか考えた。

そして思い至ったのが、おそらく彼女は自分自身を誇りに思うことができないまま生きるしかなかった、ということだ。

そんな中、自分が帰属する日本という国を称賛する動画を見るうちに、周りからじりじりと削られていった自尊心を、国への誇りで埋め合わせていったのだろう。

 そう考えると、母がよく「私は散々男から馬鹿にされてきた」と怒るように語ったその口で、それでも「この国に男女差別はない」と言い切るのも理解できる気がした。

人としての誇りを育めなかった彼女に、唯一誇りを与えてくれたものが“国への信仰”だったのだから。

■母なりの優しさだったのかもしれない かく言う僕も同じように、ゲイということで自分に誇りを持てずに …全文はこちらで是非