┃冷たい食べ物が嫌いな中国にはない料理 ┃韓国では1980年代のオリンピック特需で人気 ┃1960年代の新聞連載小説に登場も ┃「韓国で作られた韓国冷麺と見るべき」 (写真) ▲ ロッテホテルの中食堂(中国料理店)『桃林』のヨン・ギョンオクシェフが中国冷麺を作っている。

_______________________________________________________ 『中国冷麺』はかなり不思議な食べ物である。

この時期になると、箸使いと『麺スプレイン(?+エクスプレイン)』で口が忙しくなる『平壌(ピョンヤン)冷麺派』と『咸興(ハムフン)冷麺派』、そして辛くてしょっぱい『粉食屋の冷麺派』まで派閥が分けられて対決する『冷麺強豪』の中、中国冷麺は長い間生き延びた。

一時期『韓国の食べ物か中国の食べ物か』甲論乙駁が続いた時代もあったが、今はれっきとした『冷麺』の一ジャンルとして認められた。

高級ホテルの中食堂(中国料理店)でも、街のチープな中食堂でも、出前の食べ物でも食されるほど安定した人気の中国冷麺は、有名税に劣らぬほどの愛好家も多い。

人気が高い食べ物だが、その正体は相変わらずベールに包まれている。

いつ、誰が、どうやって中国冷麺を作ったのか、中国料理の料理人ですら分からない。

このため公式的なレシピもない。

料理長の指先と店の性格によって食べ物は千差万別である。

その上、中国料理の元祖である中国にもない料理だ。

中国では涼麺(りゃんみぇん)という汁なしのピビン麺を冷やして食べたりするが、各種の海鮮の薬味やピーナッツソースが添えられた現在の中国冷麺は、中国で原型を見つけることはできない。

それでは、韓国人はいつから中国冷麺を食べ始めたのだろうか。

新聞に『中国冷麺』が初めて発見されるのは、1962年9月25日の『東亞日報』に掲載された『プブ(夫婦)』という小説だ。

『平壌冷麺』が日帝強占期から積極的に登場するのと比べれば、少しは遅い時期になる。

小説には、「私たちはある中国料理店の2階の静かな部屋で、婦人が好きだという酢豚とビールを1本ずつ飲み、中国冷麺を夕食にした」という内容が出てくる。

平壌冷麺ほどではないが、かなり前から中国料理店に中国冷麺というメニューがあったという証拠だ。

だがしかし、今の中国冷麺のような形態かは分からない。

(写真) ▲ ロッテホテルの中食堂(中国料理店)『桃林』のヨン・ギョンオクシェフ 中国料理の大御所であるロッテホテルの中食堂『桃林』のヨン・ギョンオクシェフは、「中国冷麺を誰がいつ作ったのか正確な資料はない。1980年代のアジア大会とオリンピック特需でホテルを中心に、高級中食堂が発展して大衆に広がったりしたが、正確にその時期に作られたと見ることはできない」と話した。

実際に1980年代になると、新聞に中国冷麺が頻繁に登場する。

当時、高級中国料理を作る料理人が不足していたホテルが中国や台湾、香港、日本などから中国料理の料理人を連れて来たのだが、これらによって誕生したという『説』もある。

例えば日本のヒヤシチュカ(冷やし中華)という中国風冷麺はピーナッツソースを使うなど、現在韓国で食べられている中国冷麺と似ている部分がある。

ソース:ハンギョレ(韓国語) >>2につづく