「美人ということで売り出すんやぞ」と号令をかけられて…元オセロ・中島知子が語る芸人と容姿の関係 抜粋 ■仕事の不安よりも、ずっと重かった「呪縛」 ――お話を伺っていると、物おじしない性格とか、バイタリティとか、テレビと中島さんの相性の良さみたいなものをすごく感じるのですが、いわゆる下積みみたいな時期がなく、すぐにたくさんテレビに出ていることゆえの「不安」はなかったですか。

中島 私は仕事よりも、稼ぐようになってから親から金を無心されて、芸能にいる間ずっとそれが悩みだったんですね。

当時は、親への仕送りもしょうがないのかなと思っていたんですけれども。

 朝の生放送が終わった途端に母親から電話がかかってくる。

「ダセえ服着やがって」からスタートして、最終的に「金の振り込みが遅れてるぞ」っていう……振り込みの曜日がずれただけなんですけどね。

ちょっと変わった家なんですよ。

 結局月々40万を長年家族に払い続けて、上京してきた妹が当時働いていなかったので、その面倒も見るように言われて。

挙げ句の果てに子どもができたっていうので、妹と相手の男性、子どもの分まで結婚式代や出産費用、生活費を払っていたんです。

親にはなぜか「(妹の)子どもが学校に上がるまで面倒を見てくれ」と言われてたんですけど、心が折れてしまい、「自力で生活してください」とやっとのことで戻ってもらった。

その後から、私の人間関係の悪口を妹が周囲に言うようになったみたいで、それが独立した時の騒動につながったんです。

――そんなことがあったのですね。

中島 いろんな根回しをされたり、いろいろなストーリーを勝手に作られたりしましたから。

勝手にストーリー選手権でもしようかなと思ったくらい。

 当時は面白いか面白くないかは見ている人が判断するもんやと思ってましたけど、すごい面白い人が急に(テレビに)出なくなったりとかもあったから、もっと大きい事情で物事が動く世界なんだな、とあの騒動を経てわかるようになりました。

芸能界は怖いところです(笑)。

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