現代、男性と女性を切り分け、女性を支援する施策が増える中で、スポットライトが当たり始めた存在がある。

それは「弱者男性」だ。

■「弱者男性」とは誰のことか? 弱者男性とは、インターネット上で生まれた用語で、日本社会のなかで独身・貧困・障害など弱者になる要素を備えた男性たちである。

かつては「キモくて、金のない・おじさん」の略称として「KKO」と自称する男性たちがいた。

が、現在はこの言葉そのものが差別的として、「弱者男性」という単語が使われやすくなっている。

(中略) ■フェミニストだけが「加害者」に見えてしまう 弱者男性がその弱者性を訴えると必ずといって出てくる議論が、「男同士でケアすればいい」論である。

これは、現代社会とは信じられないほど差別的である。

最近ネットで掲載(いずれもはてな匿名ダイアリー)された、弱者男性への意見を見てみよう。

・弱者男性は弱者男性同士でセックスすればいい ・弱者男性の安楽死を合法化しよう ・正直弱者男性のことなんかどうでもいいし、死ねばいい 言語道断の差別である。

特に1番目の「弱者男性は弱者男性同士でセックスしていればいい。 そうすれば女性は気持ち悪い男性の被害に遭わずにすむ」という論調は、しばしば見られる差別だ。

これを「黒人は黒人同士でセックスしていればいい」「女は女同士でセックスしていればいい」といった置き換えをすると、 いかに過激な差別思想がそこにあるかがはっきりする。

しかし、この発言が弱者男性にはいとも簡単に投じられてしまう。

これこそ、日本の弱者男性差別の正体である。

こういった差別をしているのは、一部フェミニストだけではない。

自分を強者側と信じている人たち――弱者男性を対岸の火事としてしか見られず、 自分が弱者になる可能性を全く感じられない人たち――が、ネットで気軽に誹謗中傷を行っている。

ただ、弱者男性の目線で見てみると、そうは見えない。

なぜなら、強者男女はそもそも、弱者男性を無視するからだ。

弱者男性を「実力がないために貧困に陥った、独身男性」としか見ていない強者の男女は、弱者男性の悲鳴を「努力してこなかった人の嘆き」として無視する。

しかし、フェミニストにとって弱者男性の嘆きは無視では済まない。

「男性だってつらいんだ」論は、時に「女よりも、男はつらいよ」と曲解ながら比較級で捉えられがちだからだ。

相手の辛さに共感する前に、自分への差別を無視されてしまうわけである。

ややこしいことに、フェミニストの中にも、単に「男性へ今まで受けた恨みつらみを晴らしたい」層がいる。

学術的に”男嫌い”は「ミサンドリスト」として、フェミニストとは違うグループに属するのだが、 日本では少なくとも彼女らもフェミニストと名乗っている。

だから、フェミニスト=男を叩きたい女たち、とみなす人も少なくない。

これらの自称・フェミニストは、男に「私達のほうがつらい」合戦をしかけてしまい、議論は平行線となる。

(全文はソースにて)