桐谷・前田の「生き方」の違い  2018年の7月末、二組の芸能人夫婦が誕生した。

前田敦子・勝地涼と桐谷美玲・三浦翔平だ。

その直後、三浦がイベントに登場。

桐谷との話を聞かれまくり、  「昨日、あっちゃんが結婚したので、皆さんそっちに行ってください(笑)」  と、質問をかわす場面も見られた。

 しかし、その前田と勝地は今年の4月に離婚。

二組は明暗を分けてしまった。

その明暗がどこから生じたのか。

また、そこから見えてくる桐谷・前田のキャラクターや生き方の違いについて考えてみたいというのが、本稿の趣旨だ。

 前田といえば、AKB48を国民的アイドルグループにした立役者。

05年の発足時から12年に卒業するまで、誰よりも多くセンターを務めた。

 07年には映画で女優デビューを果たし、翌年には連ドラ初主演。

11年には『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』で映画初主演もこなしている。

グループ卒業後はもっぱら女優として活動してきた。

 一方、桐谷も芸能界入りは05年。

その翌年に映画で女優デビューをして、10年に映画と連ドラで初主演を経験した。

 前田におけるAKBに相当するキャリアが、雑誌『セブンティーン』の専属モデルを務めたこと。

06年から11年までカリスマ的な人気を博し、写真集も兼ねた単行本が2冊発売されたりもした。

 12年からは「NEWS ZERO」(日本テレビ系)のキャスターとしても活動したが、こちらも『セブンティーン』卒業後は女優業がメインだ。

 このように、ふたりはデビューからブレイク、そして、女優へという流れに加え、同時期に役者と結婚という、よく似たキャリアを持っている。

 ただ、その性格は対照的だ。

不安定で不器用な性格の前田  前田はAKBを卒業する際のスピーチで、  「私は昔から、感情の起伏がすごく激しくて、メンバーにもたくさん迷惑をかけてしまいました」  と、発言。

それ以前にも「自分で自分を不器用と言うのは、すごく嫌いなんですけど、ホントにそうなんです」と自己分析したり、「気を使える人間になる!!」という目標を掲げたりした。

 要するに、不安定で不器用なタイプなわけだが、アイドルとしてはこれも魅力になる。

ファンにとっては常に気になるし、応援してやらなきゃと思わせるからだ。

しかも、この手の女子は年上の大物男性に可愛がられやすい。

そんなこんなで、秋元康も彼女を重用したのだろう。

 もちろん、こういうタイプを嫌いなファンもいるが、彼女がすごいのはそこも自分のプラスに変えたところだ。

11年の第3回選抜総選挙で1位に返り咲いた際、彼女はあの名言を発した。

 「私のことが嫌いな方もいると思います。ひとつだけお願いがあります。私のことは嫌いでもAKBのことは嫌いにならないで下さい!」  これはアンチの感情も揺さぶったし、AKBのファン以外にも強い印象を残した。

こういうキャッチ―なことが無意識に言えるからこそ、彼女は時代を代表するアイドルになれたのだ。

 しかし、不安定で不器用な性格は恋愛や結婚向きではない。

彼女は山本裕典を皮切りに、佐藤健、尾上松也らと浮名を流したあと、勝地と結婚したが、短期で終わった。

 その交際期間もわずか4ヵ月で、出産のタイミングから「できちゃった婚」だと見られている。

長男が生まれて1年数ヵ月後には別居状態となり、そこから1年足らずで離婚にいたった。

 うまくいかなかった理由はさまざまに取り沙汰されているものの、要はやんちゃなタイプの勝地が前田の不安定で不器用なところを受け止めきれなかったということだろう。

逆にいえば、前田が勝地をほどよく泳がせる展開にもできなかったわけだ。

 では、勝地にとってこの結婚はどうだったかというと、国民的アイドルの夫として一気に飛躍するチャンスを活かせなかった。

雲行きが怪しくなってからは、前田サイドが家庭のことを話さない方針に変わり、そのためか、勝地のしゃべりもトーンダウン。

持ち前のやんちゃな面白さを発揮できなくなったのも気の毒だった。

 仕事でも、ちょくちょくドラマや映画でいい味を出しているが、結局、13年のNHK朝ドラ「あまちゃん」でブレイクしたときの「前髪クネ男」を超えられていない印象がある。

前田は勝地にとって「あげまん」ではなかったようだ。

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