■日本人は自ら「ブラックな労働環境」を望んでしまっている 日本企業に特徴的な終身雇用(長期雇用慣行)が定着したのは、1950~60年代にかけての神武景気、岩戸景気と呼ばれた好景気がきっかけといわれる。

多くの企業で労働力が不足し、人員確保と定着を進めるために、特に大企業において長期雇用の慣習が一般化した。

人口増加と好景気は、国民の所得を増加させるメリットがあった一方で、現在にも続くブラックな労働環境を構成する要素が形づくられたという面もある。

モノをつくればつくった分だけ売れていくので、企業では残業や休日出勤、転勤や出向も厭わずに長時間働ける者が重宝され、評価されて出世していった。

そして同じように家庭を顧みず、組織に滅私奉公する者を引き立て、同じような考えの管理職集団ができ上がっていくことになる。

それが良いか/悪いかという話ではなく、当時はその方法が日本経済発展における最適解だったのだ。

実際、経済発展に伴って報酬も右肩上がりであったため、誰も将来に不安を抱かず、おおむねハッピーであったというわけだ。

しかし時代は移り変わった。

人口は減少し、高齢者の割合は増加。

労働力人口の割合は低下し、経済発展しにくい環境(人口オーナス期)となってしまっている。

モノはある程度充足しているので、よほどの付加価値か新たな切り口を提案できないと売れないし、人件費は高騰しているため雇用を増やすこともままならない。

共働き家庭の増加や高齢化による介護の必要性などから、育児や介護などの理由でフルタイム労働が難しい人の割合も増えている。

すなわち、人口増加・高度成長期にうまく機能していたシステム(長期雇用、年功序列、滅私奉公)が、現在の人口減少・低成長期にはまったくフィットしておらず、 それどころか逆に足かせのようになっているのに、過去の成功体験から抜け出せないまま無理やり使い続けようとして齟齬(そご)をきたしているのが今なのだ。

そのひずみが現在、「長時間労働の蔓延」「責任が重い割に低賃金」「組織のいいなりに転勤・転籍・出向を強いられる」「非正規雇用の立場が不安定」といった形で顕在化している。

「なぜ長時間労働を強いるのか」に対する結論は、我が国では労働者の解雇に関して法律と判例で厳しく規制されているため、仕事が減っても簡単に従業員をクビにできず、 労働力の需給を「人数」ではなく「業務量」で調整しようとするからだ。

すなわち、仕事が増えた際は「人を増やして対応する」のではなく、 「1人当たりの業務量を増やして残業でカバーする」というソリューションを選択せざるを得ないことになる。

そうすればその後仕事が減っても、余剰人員のクビを切らずに済むからである。

「転勤・転籍・出向を強いられる」のも同様の理由だ。

仕事が増えた部署や地域で都度採用していては、その後、仕事が減った場合に簡単に人を減らせない。

人が余っている部署から足りない部署へ余剰人員を回すことで、組織内で仕事と人員をやりくりしてクビ切りを回避するわけだ。

「責任が重い割に低賃金」である理由も根幹は同じといえる。

わが国では解雇はもちろん、一度上げてしまった賃金の引き下げにも高いハードルが課されている。

「仕事がないから解雇」「仕事の成果が上がらないから大幅減給」といった対応ができず、かつ終身雇用が要求されている以上、 企業側としては「賃金水準を極力低めに設定して、何があっても雇い続けられるようにする」しかないのである。

正社員が簡単にクビにできないとなると、景気や業績の変動に伴うシワ寄せはどこに行くのか。

それはもちろん、正社員よりクビにするのが容易な「非正規社員」である。

本来、有期雇用の場合は雇用が不安定である反面、高いスキルを生かして高待遇を得ることができるという雇用形態であるはずだ。

しかし、わが国の非正規雇用は、強力に雇用が守られる正社員の調整弁として、「低賃金かつ雇用も不安定」という、世界的にみて異常な立場に置かれているのである。

長時間労働、意に沿わない人事異動、低賃金、非正規雇用の待遇──日本の労働環境がブラックになってしまっている根本的な原因は、逆説的だがひとえに「正社員の雇用を守るため」なのだ。

(全文はソースにて)