「台湾海峡」と「台湾」は違う 52年前の日米共同声明との比較は無意味だ アメリカの本音と日本が直面する懸念 2021年4月19日 月曜 午後0:45 台湾」は「一つの中国」を否定する表現なのか? 「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調すると共に、両岸問題の平和的解決を促す」 菅・バイデン会談を受けて発表された共同声明は、「台湾」という言葉を52年ぶりに使い注目されているが、これは「一つの中国」を否定する表現なのだろうか? ちなみに、その52年前の1969年11月21日の佐藤・ニクソン会談後に発表された共同声明の台湾に関わる部分はこうなっている。

「大統領は、米国の中華民国に対する条約上の義務に言及し、米国はこれを遵守するものであると述べた。総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素であると述べた」 まず、1969年というのは国連で中国を代表していたのは台湾に臨時首都をおいた中華民国で、日米両国共に台湾の政府と国交を結んでいた時代だ。

ニクソン大統領が「中華民国」と呼び、佐藤首相も「台湾地域」と言っているが、外交環境が全く違う当時と今回の共同声明の文言を比較するのは意味がないだろう。

■「台湾海峡」と「台湾」は異なる それに、今回の共同宣言で言及しているのは「台湾海峡」という海洋上の固有名詞で「台湾」という地域名ではない。

「日本海」と「日本」が別物だというのと同じだ。

その台湾海峡は、もっとも狭い部分で幅130キロある。

海洋法で領海とされるのは沿岸から22.2キロまでなので、台湾海峡のほとんどはどの国の船も航行が自由な国際海峡と国際法で決められている。

その海峡の「安定と重要性」を指摘することが「中国の反発を招く」というのは過剰反応ではないだろうか。

そこで注目すべきは、冒頭に紹介した声明文の後半部分だ。

ここで「両岸問題」という言葉が出てくるが、英語版の声明文を読むと「cross-Strait issues」となっている。

むしろ「海峡をまたぐ問題」とした方が分かりやすい。

この言葉、中国と台湾の間の貿易や人の交流を意味するが、その「平和的解決を促す」ことは、現状維持を奨励することにほかならないだろう。

こうして見ると、今回の日米首脳会談では台湾問題に変更を加えるような意図はなかったように思えるが、もしかしたら米国は違う考えがあったのかもしれない。

■アメリカ側の思惑と日本が直面する現実 実は、トニー・ブリンケン米国務長官は最近、台湾を「国家」と「二つの中国」を容認するようなことを公開の場で言ったことがある。

3月10日の下院外交委員会でバイデン政権の外交方針を説明する場でのことで、同国務長官は台湾について質問されてこう答えた。

「台湾には強い民主主義があり、非常に強い技術力があり、世界に大きく寄与できる国家なのです」 米国務省には台湾を「国家」と呼ばない不文律があり、同省で長年の経験のあるブリンケン長官が知らなかった筈はない。

うかつに口にしてしまったのだとしても、潜在的に「二つの中国」の意識があったからではないのか。

アメリカのブリンケン国務長官 バイデン政権の台湾政策には、1月20日の大統領就任式にワシントン駐在の台湾の大使役の代表が招待されたり、3月には米国の当局者が台湾の政府関係者と接触することを国務省が緩和してことなど、明らかに変化が見られる。

その中心人物がブリンケン国務長官と言えるが、同長官は3月18日にアラスカのアンカレッジで中国の楊潔?政治局員らと会談した際に台湾問題にも触れ、「単なる内政問題として片付けるのではなく、本日この場で提議する必要がある」と中国側に挑んでいた。

今回の日米首脳会談でも米国側は、共同声明に台湾問題を含めることに拘っていたと伝えられるので、きちんと「台湾」という地域名でその平和と安定に日米が支援すると明記する刺激的な宣言を望んでいたのではないか。

それを「台湾海峡」と言い換え、「両岸問題」という現状維持の表現を書き込んで対決色を薄めたのは、台湾の目の前に尖閣諸島が控える日本としては一安心だ。

日本の外交スタッフの労を多としたい。

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