抜粋  なぜ『カリオストロの城』は興行的に失敗したのか。

その理由のひとつが「コアなオタク向けに作りすぎたから」だ。

宮崎駿はこの作品で峰不二子という永遠のヒロインではなく、クラリスという10代半ばの少女をメインに据えた。

 設定として、クラリスはカリオストロ伯爵というオッサンに無理やり結婚を迫られている健気な娘だ。

それをルパンが救い、守りきるのがメインの流れである。

 作中でルパンが結婚式に乱入して発するセリフに「やかない、やかない、ロリコン伯爵、やけどすっぞ~!」というものがある。

ここではっきりと「ロリコン」という単語を使っているのだ。

ただ、’79年の公開当時、「ロリコン」という単語は、まだまだ市民権を得ていない。

公言しにくいアンダーグラウンドな言葉だった。

 そんなワードを宮崎駿は全国公開の映画で使った。

クラリスは10代半ばであり、30代半ばのルパン を「おじさま」と呼び、抱きつく。

ルパンは「ムホホ」とか言っちゃう。

しかも、ラストにはキスを迫るシーンすらある。

冷静に考えると、なかなかキケンだ。

 “おじさんキラー”のクラリスは、のちに株式会社スタジオジブリの代表取締役社長に就任する鈴木敏夫が編集をしていた雑誌『アニメージュ』(徳間書店刊)で取り上げられ、大人気になる。

人気投票では’82年、’83年のベストワンキャラクター部門で堂々の1位に。

コミックマーケットなどで、クラリスをモチーフとした「ちょっとあぶない同人誌」が売られ始める。

 こうして’80年代から、ロリコン作品は限られたコミュニティでブームになる。

コミックマーケットでは「少女をモチーフにした同人誌を売るサークル」に長蛇の列ができるようになり、一種のアングラなカルチャーができた。

その火つけ役となったことから「宮崎駿はロリコンだ」というイメージがついて回るのである。

 ご存じの通り『カリオストロの城』以降も、宮崎作品には少女が必要不可欠だ。

特に、宮崎監督が手がけた作品を思い浮かべていただきたい。

ヒロインの多くが10代の女性である。

この設定も「宮崎駿ロリコン説」に拍車をかけた。

 ’80年代以降、この流れからも「宮崎駿はやはりロリコンなんじゃないか」という声があがる。

作品におじさんの性癖が反映されているのではなかろうか、となったわけだ。

 ちなみに、『風の谷のナウシカ』のDVD内オーディオコメンタリーでは、当時の原画スタッフで、のちに『新世紀エヴァンゲリオン』をつくる庵野秀明監督が、「ナウシカの胸の揺れ」について熱く語っている。

彼いわく「女性キャラの胸を揺らす表現をしたのは、宮崎駿が初めてではないか」なんて言う。

中略  作品のリアリズムに関して、『耳をすませば』の例も挙げてみる。

今作で監督を手掛けたのは、宮崎駿ではなく近藤喜文だ(宮崎は脚本を担当)。

 近藤は「誰もいない場所で主人公の月島雫がしゃがみ込む際に、下着が見えないようにスカートを押さえる」 という絵を描いた。

しかし、それに宮崎駿はめちゃくちゃがっかりしたそうだ。

宮崎駿が考える月島雫というキャラクターは、右脳型の感覚肌であり、誰も見ていない場所でなら下着のことなど気にせずに、本能的に座ってしまうような子だったのだ。

 つまり、雫はスカートを押さえることで「ちょっと考えてから行動する、自意識が強い子」になってしまったのである。

『となりのトトロ』で宮崎駿は草壁サツキ(10歳)や、その妹・メイ(4歳)のパンツを描いている。

これは、田舎町の自然のなかで暮らす子どもをリアルに描きたかったのだろう。

「ロリコンだから」と結論づけるのは、あまりにも短絡的ではなかろうか。

 そんなリアリティを重視する宮崎駿にとって「10代の少女」は、描いていて楽しいのだろう。

というのも、10代の女子って“人類で最上級に複雑な精神状態”だと思うからだ。

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